エッセイ

Essay-3
インテリアと味の面白い店

今回ご紹介のお店は神田「まつや」です。
神田須田町の一角には「藪蕎麦」を始め、あんこう鍋の「いせ源」甘味処「竹むら」鳥料理「ぼたん」等老舗のお店がぎっしり詰まっています。いずれも古い木造のお店で今時貴重な町並みを形づくっています。

その一角に建つ蕎麦屋の「まつや」も創業明治17年。この建物も関東大震災後に建て直された木造2階建て町屋風たたずまいの魅力的なお店です。敷居が高そうで一人で入るのはちょっと躊躇してしまう同じ一角の「藪蕎麦」と違ってこちらはぐっと庶民的、そこがまたいいんですよね。

のれんをくぐると店内は30帖くらいのワンルーム空間です。六人掛けのテーブルが15個くらいおかれ、混んでいるときは勿論相席です。黒光りする格子天井、そこに三帖ほどもある巨大な照明。店の一番奥には帳場があって、店の女将さんが会計をしきっています。蕎麦をすする客の横で、かまぼこや海苔を肴に昼間からお酒を飲む初老の紳士がちらほらといて、大人の?お店という感じです。

気になるお値段ですが、もりそば550円、大もり700円と、老舗にしてはお手頃の値段。ちなみに、そばは勿論手打ち、つなぎに鶏卵を使っているそうです。張りがあっていい喉ごし、つゆは辛めの江戸前風です。

ごま蕎麦(700円)が有名らしいのですが、僕はだいたい、もり蕎麦と親子丼を注文します。蕎麦もうまいけれど、ここの親子丼もお薦めです。卵はトロトロ、鶏肉プリプリ、筍の千切りがちょっと入っていてコリコリとした歯ごたえ。トロトロのプリプリのコリコリで、もうたまりません。

夜になると、勤め帰りのサラリーマンやOLで大賑わい、居酒屋状態になります。
酒の肴も充実しています。天種、親子煮、ニシンの棒煮、そばがきをはじめ、鳥わさ、わさびかまぼこ、わさびいも(謎の一品)、うに、ゆばわさび、焼き海苔と、ああ書いてるだけでおなかが鳴ってしまいます。そして、飲んだ後においしい手打ち蕎麦をつるつると食べるなんて、もう気分は最高!です。

テレビもラジオも有線放送もない、人の生の声だけが響くこの不思議な空間でわいわいやっていると、なぜか優しい気持ちになれて、知らない相席の隣の人達と一緒に、皆で幸せに酔っぱらっていくような不思議な雰囲気になります。向田邦子のエッセイに出てくるような昭和初期にタイムスリップしたような懐かしい不思議な気持ちになることもあります。きっとこの建物の不思議な魅力なのでしょう。出来ることなら、この建物がこのまま何時までもあってほしい。まつやの魅力は勿論おいしい蕎麦にあるのだけれど、その魅力をこの建物が何倍にもしてくれていると思うからです。

そうそう、肝心なことを忘れていました。このお店の一押しは「蕎麦湯」なのです。手打ち蕎麦の蕎麦粉がいい具合に溶けて、蕎麦つゆなしでこれだけ飲んでもとってもおいしいのです。ぼくはお茶代わりに何杯も飲んでしまいます。

ああ、こんな事を書いていたら、手打ち蕎麦と親子丼が食べたくなってきた。近いうちに又、食べに行こうっと!

神田「まつや」
千代田区神田須田町1の13
午前11時~午後8時 日曜祭日休み
TEL 03-3251-1556

<家づくりの会「家づくりニュース 2001年10月号」掲載>